ダブルパー 【My Diary 2009/10】

◆この記事のホームサイト ダブルパー[dblpar.com]サイト にリンクする
2009/09(前月)2009/11(翌月)
■掲載年月[2009/10] 記事数[4]
【MENU】 (画像掲載記事は■)
■(1) エポン(ドライバー)変身!!
■(2) 颱風一過、秋晴れと富士初冠雪
■(3) 三笠に思う、武田信玄の五分の勝ち
■(4) 「坂の上の雲」がはやる前に一度行く横須賀
【2009/10-1】
2009.10 某日 エポン(ドライバー)変身!!
クリックすると拡大画像 [023](容量:47850byte/サイズ:w400×h717px) トライバーヘッド エポンAF101を友人から巻きあげてこの夏から使ってきた。シャフトはエティモマイクロタイト650(60g)のSRということだったので、自分にも使えるかも、と思ったのが始まりなのだが...。

45.75インチ(長さ)、315g(総重量)、D1.5(バランス)というのは、多少、ハードスペックにしても振れないことはないはずだった。ちなみに自分のエースドライバー(ディレット)のシャフトは同じマイクロタイト650(但しフレックスR)。硬さ以外はほぼ同じスペックのはず。

芯を喰えばしっかりした「棒玉」で飛距離も出るし、なにより曲がりにくい。ちょっと硬めであまり気持ちよく振り切れないにしても、この飛距離と直進性はなかなかの魅力。ヘッドの打感もいい感じ。

しかし、である。一度、タイミングが合わなくなると、途端にいうことを聞かなくなる。うまく当たらなくなるのである。ドライバーのチョロ、なんて泣くに泣けないミスが続出(T T)。特に、プレィが連戦となったときやバックナインで調子が悪くなる。結局、OBは減ったがフェアウエィキープ率は悪化。スコア的には90台後半に低迷。

シャフトが硬い、バランスが重い、もう歳だから少し軽めの方がいいのかな、との思いが抑えきれず、思い余ってゴルフ工房に駆け込んだ。工房の店長さん曰く。「これ、シャフトがSですよ」って(^^;;)。

フレックスSもSRも区別のつかない私(^^;;)。「硬い」とひとくくり。Sシャフトと判っていれば、最初から巻きあげたりしなかったものを。後悔、先に立たず。

****

そしてできあがったのが、新エポンドライバー。シャフトはエティモマイクロタイト550(50g)と軽めに。45.75インチ、303g、D1.0と程よくできあがってきた。黒いヘッド・白いシャフト・赤いグリップ。多分におしゃれ、少し恥ずかしい(^、^*)。

振ってみた。打ってみた。コースで使ってみた。練習場では多少右に出るのが心配だったが、コースではほとんど影響なし。気持ちよく振り切れて、芯を喰えばエポン特有の滞空時間の長い棒玉が出る。タイミングをとれない、というミスもなく、そこそこに働いてくれた。まずは、リシャフト成功か。このエポン。ダブルパー2号(エポン改)と名付けよう。

ダブルパー1号(ディレット+エティモマイクロタイト650)は健在だが少々重い(314g)ので、しばらくはこのダブルパー2号をエースドライバーにしていくつもり。

このところ、6月から使っているアイアン(プロギアGN502銀フォージド)が大分慣れてきたので、これでドライバーがうまく行ってくれれば、あとは最大の難関「バンカー」。これだけは、まだ、「バンカー専用ウェッジ」でも克服できず。所詮はヘタ。泣く。
(DataID:000232)
【2009/10-2】
2009.10 某日 颱風一過、秋晴れと富士初冠雪
クリックすると拡大画像 [023](容量:17486byte/サイズ:w600×h450px) 2年振りに本土上陸。知多半島から岩手に真っ直ぐ縦断した颱風18号がはるか北海道の東海上に去ったころ。わが八王子は幾分風はあるものの真っ青な空、快適な秋晴れでございます。

わが霊峰富士は?と見れば、関東の霊場高尾の森の向うになにやら薄化粧して鎮座されております。颱風の置き土産の初冠雪?

八王子にもまた寒い冬がやってまいります。

(DataID:000231)
【2009/10-3】
2009.10 某日 三笠に思う、武田信玄の五分の勝ち
クリックすると拡大画像 [023](容量:36172byte/サイズ:w600×h450px) 横須賀 三笠公園に日本海海戦の旗艦三笠の実物モニュメントを観に行ったときのこと。日本海海戦では、大国ロシアのバルチック艦隊に対して、ほとんど無傷ともいえる状態で大勝したわがニッポン。

しかし、それが、その後の太平洋戦争に続くわが日本の驕慢の歴史につながって行ったことを思うと、わが敬愛する武田信玄公の「五分の勝ち」が如何に大切であるか、改めて考えさせられる。

五分の勝ちは「励」を、七分の勝ちは「怠」を、そして十分の勝ちは「慢」を生む、のだという。だから、常に五分の勝ちを心がけていれば大敗することはないのだと...。

4年前、自民党が大勝した衆院選。それが驕りを呼んだか、今回は民主党が大勝。民主等が驕れば、やがて、政権は他党に渡る、というのが歴史の流れなのだろう。

それにしても、明治政府ができてわずか三十年程で、これほどの軍艦を持ち、動かし、そして勝利した明治の先人たちの偉大さに改めて頭の下がる思いである。

付記
今年のNHK大河ドラマは上杉景勝と直江兼続。「毘」の旗が画面に現れるたびにぞっとする武田一派の私(^^;;)。

(DataID:000230)
【2009/10-4】
2009.10 某日 「坂の上の雲」がはやる前に一度行く横須賀
クリックすると拡大画像 [023](容量:43190byte/サイズ:w600×h450px) あっと言う間に夏が終わって10月。秋である。

この秋からNHKでは司馬遼太郎の「坂の上の雲」がドラマ化されて、2年がかりで放映されるのだという。ゴルフ狂いのひげおやじと飮んでいると、「ドラマが放映されると人気が出てしまうから、その前に、日戦艦三笠を見に行こう」ということになった。まあ、飮んだときの話などそんなもんであるが、それが実現されてしまうのが凄い。おやじの実行力。

戦艦三笠とは、日露戦争でわが後進国ニッポンが先進国ロシアに大勝利した日本海海戦の旗艦であり、その後、横須賀三笠公園に実物保存されている。排水量15140トン、全長122メートル。主砲30センチ砲4門。英国から輸入したもので、当時としては最新鋭の軍艦であった。

「天気晴朗なれど波高し」とか「皇国の荒廃この一戦にあり」という一節を知っている方も多いだろう。東郷平八郎がこの三笠の艦橋に立ち指揮したのだという。「坂の上の雲」の主人公、秋山真之も参謀として同じ場所に立っていたはず。

お天気のよい日曜日とはいえ、そうそうメジャーでもなく今風でもない歴史のモニュメントではあるが、そこそこに観光客はいたようだ。ドラマが始まれば、猫も杓子も、ということになるはず。そんな風になったら行く気が失せる。

と、まあ、ひょんなことで、貴重な休みを一日つぶしておやじ二人で横須賀見物。天気だけはよかったが他に見るものもないので、横浜中華街で昼食。喰いすぎて身体が重い。ああ、絶唱...
(DataID:000229)
Copyright(C) 2007-  だぶるぱあ本舗 All Rights Reserved.
Script【text_win2】ver.1.01