ひょんなこと(?)から、フランスは「モナコ・パリ一週間の旅」に行くことになりました。もう、海外(特に欧米)になど行くことはない、と思っておりましたので、まだ実感が湧きませんが、準備ばかりはしなければなりません。
まず一番目は、必要書類を用意して立川の東京都の旅券事務所へ。立川駅ビルルミネの中にあり、至極利便なところです。申請と受領。都合二度行って、20年振りに手にしたのがマイパスポートが写真であります。昔のと比べると一回り小さく、ICチップ埋め込みのカードが装着され電子化に対応しているのだそうです。
それにしても、おフランス行き。昔風に言えば「渡仏」、文字通り仏蘭西(フランス)に渡るのでありますが、帆船時代は数カ月要した旅も、いまではひと眠りしている間にひとッ飛び。「飛行機怖い」などとは言っておられません。一世一代、冥土のみやげに、しっかり見聞してくる所存です。
おフランス行きの準備第二段は、円からユーロへの両替です。立川の東京三菱UFJBKに行って、1万円札10枚をユーロに。レートは1ユーロ96−7円ですが、手数料をいれると1000ユーロなのだそうで、両替料が高いか安いかはさておき、100円/1ユーロととても暗算しやすいレートとなっています。5ユーロだと500円玉一枚、10ユーロは1000円札...と覚えやすいことこのうえなし、でございます。
よく海外に行くひとからは、「食事もついているし自由行動も少ないから、そんなにユーロ持っていかなくていいんじゃない。おみやげなんかはクレジットカードが使えるし。まあ5万円ぐらいかなあ。」とアドバイスされましたが、カード不信(海外で自分のカードが使えるかどうか全く自信なし)のおじさんは、最後に頼れるのは「現金」との思いがどうしても抜けないのであります。
親戚から聞いた話では、イギリスの友人が「円が高すぎて日本に遊びに行けないよ」と電話してきたとか。逆に円を持って海外に行くのは相当に楽勝なのでありましょう。1ドル360円の時代を知っている身には、それもなんとなく信じられない思いではありますが...。
でも、ユーロってなんだかお札っていう感じがしないなあ。ホントに使えるのだろうか、と、またまた不安。
併せて、出国日の朝、八王子から成田空港駅までの成田エクスプレスの切符もカードで購入。あとは、着ていくものとか、海水パンツとか(モナコでは、絶対、地中海の水に浸ってきます)...
★後日談★
この年の11月。解散・総選挙が決まって、どんどん円安に向って、なんと2013年1月中旬には1ユーロ118円!!なんと2割も円の価値が下がったのであります。と、いうことは、2割、得したってことで。海外に渡ってみると、グローバルな世界が実感できます。江戸時代末期、パリ博覧会に渡欧したお侍さんたちもそうだったんだろう、と妙に納得。
「よせばいいのに、『来週はおフランス』という土曜日に栃木くんだりまで芝刈りに行くかよ」とか、少々自嘲的にほざいた翌日。早朝からばたばたと旅行の準備。
この日、初めてまともに読んだ「旅行のしおり」。足りないものが山ほどありました。「めんどうくさい」と思っても、家人1号は「あんたがおフランスに行くんなら私はニュジーランド」とか言ってすでに日本にはおりませぬ。家人2号3号は「おみやげな」ってほざいたきり、おやじにはメもくれず。家人4号はひたすらをしっぽ振っているばかり。「日頃の行いがよくないから」ということが改めて身に沁みました。
どうにかこうにか衣類や日用品をスーツケースに詰めて「成田空港へ宅急便」。あとは、3日間ほど仕事をこなして、おフランスに飛ぶばかり。
まずはおフランスのパリを経由してモナコに飛ぶ。
八王子を出てからなんと20時間あまり。あまり遠さに気が遠くなる。慶長年間、欧州に向かった支倉常長らは半年とか1年かけたわけで、先人の苦労をしみじみ実感する。
八王子から出発までの画像をモナコで消してしまった私。まあ、これも人生と、気を取り直して撮ったのがこれだ。地中海の日の出。わが日の本の方から朝日が昇る。日いずるくに、わがニッポン---と、少々、ナショナリズム。
モナコの高級ホテルでのラウンジからの「日の出」。時間的には相当に遅く、絵的には早朝でも、実際はもう朝食の時間。バイキングの朝食を頂きながら。絵になるねぇ。
この「オテントウさま」は、はるか東方のジパングの空を超えて来なさったんだわ。わがジパングは「日出ずるクニ」なんだと思う。改めて、地球規模の位置関係を思う。なんかエラクなった気分。
※写真右は同じところから写した日中の地中海。(地中海の水はしょっぱかったけど、日本の海の水とどう違うかまでは判らなかった。)
【閑話休題】
かつて大変お世話になった、東京大学教授 故鈴木光先生(岩盤工学の権威者でした)がご自分でこのような油絵を描いておられたのを、ふっと思い出しました。90歳になられてもかくしゃくとしておられた方でした。自分も、先生のような老人になれたらいいな、と思います。
モナコに着いたのが深夜。その日の朝。
朝から自由行動で、まずは海岸に沿ったF1コースを歩く。こんな狭い道を時速150キロ以上で走るんだ、と思うと、なんともそのすごさに身震いする。途中、港からモナコの町並みを撮る。なんとも「南欧」といった風情たっぷりの港町であった。
昼過ぎから、腹具合が相当に悪くなって「水アタリ」かも。体調は、絶不良。一度ホテルに帰ってしばし休む。しばしばトイレに駆け込む。やばあ。酒・食事を控える。一体、私は何しに来たの?と自問自答。
夜、カジノで遊ぶ。スロットマシンに50ユーロ程突っ込んでクルクル回していたが、「勝って帰る」という気力に欠けてドボン!!
今回の旅行は自由時間が少なくて、自由に買い物とかに行けるのはこの日しかないらしい、というので、モナコのカジノの近くの高級専門店でお買い物。ちょっと「敷居が高い」お店ばかり。シャネルとかルイビトンのお店とか。「エックスキューズミー キャンナイショウジスワン?ハウマッチ?アイラブイット」などなど中学英語を連発すれば、店員さんはフランス語で答えてくれる。買い物できてデタックス(税金還付)の書類なんぞも書いてくれるんだから、充分に会話は成立しているみたい(^^;)。
家人並びに親しい方々への少々高価なお買い物をすませた私。しかし、今回、真っ先に買ったのは、愛しいみやっぴのための「カミカミ用の亀さん」ぬいぐるみ。モナコの水族館のお土産売り場で3.5ユーロであった。
※写真右は、お泊まりした高級ホテル「フェアモント モンテカルロ」の前のヘアピンカーブ。モナコF1レースは、こんな公道を走るんだと。道路にスピンの跡がついています。
モナコの朝。あこがれの地中海。
ホテルの近く砂浜へ。砂浜と言っても「人工の砂利浜」のようで、裸足では痛い。かねて準備した海パンを穿いて地中海の水に浸かる。太平洋の水と地中海の水の味は違ったか?と問われても「わかんねぇ」。幾分冷たいがしょっぱいのはどこの海でも一緒ではあった。
渡仏前、大宮で飲んでいたときのこと。話しの流れで「モナコに行ったら、地中海に入って海に向かって『フォアー』と叫ぶ」という約束をさせられた。ゴルフで隣のコースに打ち込んだときのお作法だ。題して
【おフランス特別ミッション】
愛ちゃんのサイン入りTシャツを着て地中海に向かって「フォアー」と叫ぶ
ミッションは大成功。愛センセー、ミッションは成功しましたよお!!
実は、ミッション通りやったのだが、前回書いたようにその画像を消してしまって、午後からもう一度やり直したのがこの写真でございます。海に入ってない(^^;)。1回目は間違いなく地中海の水につかっておりましたが...
ところで、「愛ちゃん」「愛センセー」って誰よ?愛ちゃんのサイン入りTシャツって何?様々な謎。謎は謎のまま。おフランスの報告が一段落したら、改めてこの特別ミッションの話をしよう。
今回のミッションで着ているTシャツのこと。モナコ自由行動のこの日、「愛ちゃんのサイン入りシャツ」をずっと着ていたのよ。写真はカジノの前の広場での一ショット。
短パンにTシャツという如何にもリゾート地の装い。この格好でシャネルとかの高級専門店に入ったわけだ。「エックスキューズミー...」。冷や汗の連続であった。
さて、問題のTシャツ。愛センセーのサインは背中にずっしりと重かった、とだけお伝えしておこうv(^^)v。
モナコを後にしておフランスのニースに向かう。ニースの飛行場から一路パリへ。
ニースの海岸でバスを降り記念撮影。両手に今回同行した美女の肩に手をかけての一枚。彼女らのプライバシーを考えて姿を晒すわけにいかず自分だけ取り出したのがこれだ(^^)。
白いジャケット、白いジーンズ、ベルトも白。肩にかけたバッグも白で、靴も白いスニーカー。白、白、白で、後で見ると相当におっちゃんファッションかも(^^;)。かろうじてシャツは青のシマシマ。ちなみにサングラスはCARRERA---オーストリアのブランドで八王子で旅行直前買ったやつ。「ちょい悪おっさん」に見えれば成功だな。
実は、この海岸。皆さん、何も身に付けず海水浴をする海岸だ、ということを後で知らされた。バスの止まった場所が少しずれていたみたいで、そういう幸運に出会うことができなかったんだな。海岸を見ても、そんなひとは居なかったし。現実問題としては「両手に花」が気になって、フランス女の裸どころではなかったのだ。この段階での話であって、フランスの人ってきれいなひとが多いねぇ、という話はまた別の話。
★後日談★(2012.10)
※実は、最初の段階では、店主の「サングラスの顔写真」を掲載しておりましたが、あまりに不評なので、文章はそのままにして、現在の写真に差替えさせて頂きました。
※差し替えた写真。いいでしょう。あまりにいい写真なのですが、ひんしゅくを買ってもいけないので、小さな画像にしています。悪しからずご了承下さい。
※この写真は、一緒に行ったMちゃんに「大枚払って」お譲り頂きました。Mちゃん、ありがとさん。今後もよろしくねぇv(^^)。
ニースに入るすぐ手前の海岸線。艦船の絶好の停泊地みたいで、写真中央付近には昔の要塞が見える。敵がこの湾に侵入しようとしても、要塞の大砲で守られていた、というわけだ。山の上にも別の要塞が見える。
昔から英仏の帆船小説が好きで、そうした小説の舞台となっている地中海を目の当たりにできた、という幸せを噛みしめている。一大リゾート地という趣ではあるが、古い歴史を感じさせる一枚。
ニースからパリまで一足飛び。ドゴール空港についてそのままパリ市内へ。
お泊まりはパリ中心地にある☆☆☆インター・コンチネンタル・ルグラン・ホテル。超高級ホテルだ。一泊ン万円!?貧乏人はすぐそんなことを思う(^^;)。ここからσ(^_^)のパリ探検が始まるのだと思うと思わず武者震い。
しかし体調不十分。どうにもからだに力が入らないのが悲しい。これじゃ、パリのマドモアゼルとの出会いもままならぬ。明日からのスケジュールは自由行動をほとんど封じられた強行軍。おっさんを自由に遊ばせない、という神の意志でも働いているのだろうか。まあ、とにかくパリの最初の一夜は自重しよう。
で、ゆっくり寝た後の翌朝。ホテルの正面を撮ってみた。由緒ある建物。すぐ隣の有名なパリのオペラ座の前まで行ってみた。特に感想なし(^^)。
ホテルでの朝食。バイキング形式で日本食なども選択できる。
まあ、インターナショナルが私は特に日本食が食べたいなどという思いはないから、おいしいパンとソーセージぐらいで軽く行ったが、話の種と思って「味噌汁」をスープ代わりにとってきた。で、その味。あらら、めちゃくちゃ酸っぱい。確かに味噌スープのようであるが...(^^;)。外国で日本食、など、期待しないことだ。同行した兄ちゃんは、お茶としてテーブルの上に会ったグリーンティーのパックをとるなり、日本食のご飯とお湯で即席お茶漬けを食べていた。こいつ、フランスにきて「食えるもんない」と泣いていたけど、ようやく餌にありついたな、とひとりごちる。
パリ観光。まずは凱旋門に向かう。ここは「車窓から」といってバスの中から眺めるだけだ。しょうがないのでバスの中から望遠で凱旋門を撮ろうとしてシャッターを切ったら、何故かこんなもんが撮れてしまった、というか撮ってしまったというか。
写ってしまったモンは仕方がないから、お題を付けよう。題して「凱旋門を撮る女」というのはどうだ。なんか、おフランスの絵画の画題っぽくはないかい。
カメラのディスプレィはしっかり凱旋門をとらえている。そして私はしっかりこの女性(の手を)をとらえている。「うれちぃ」(^^;)ゞ どんな女性だったかは、「聞かぬが花」(^、^*)
★後日談★
※後日談で恐縮だが、この写真の評判がすごくいい。今回の「渡仏始末」の中で絶賛されているんだわ。手に「肖像権」があるのかどうか判らないが、この手の「持ち主のお姐さま」。掲載、お許し下さい。
※この写真。ダブルパーブログ 2012年の「ベストショット」に選ばれました。(2012.12)
ルーブル美術館。
ミロのビーナスと初めて対面する。いやはや、なんともお美しい限り。端正なお顔と豊満な胸。年輪を経たおやじでも、こころがときめきます。
で、目が離せなくなったのがビーナスの腰。腰にエクボがあったかどうか定かではないが、幾分皮下脂肪をまとった豊満な腰こそ、私のあこがれの女性なのである。思わず手が出そうになったが、私の知性が必死でその手を止めた。それがまた悔しい。
これが生身のマドモアゼルであったなら...。おっちゃんは、つくづく自分の人生を悔やんだ。こんな女性とくらしてみたい。まあ、三日で飽きるかも。いや、半日で飽きられるかも。いや、ものの数分、いや数秒かも(^^;)
※写真右は、正面上半身のビーナス。美人ですねぇ。そして、大き過ぎず小さ過ぎず。いいですねぇ(^、^*)。夢の中でいいから、一度、お会いしたい、と節に願う私。反面、「そんなことを願ってみても100%無理」という現実を、同時に考えている私、もいる。
ルーブル美術館には有名な絵画や彫刻が数多くありました。中学の教科書なんぞでなんどもお目にかかったやつが沢山...。
その中でも圧巻はこれ----グランド・オダリスク。
お嬢さん、ようやくめぐり合えました。おっちゃんの餓鬼のころからのあこがれでありました。これでもう、いつお迎えがきても思い残すことはないんだわ。
というぐらい、見ほれておりました。この腰の線がたまりませんなあ...。近くでかの超有名な「モナリザ」さまにもお会いできたし、この日は相当に、し、あ、わ、せ。
※写真右は「モナリザ」。まあ、好みにもよりますけど、眉毛がないので何故か不気味。かつて、日本でも「奥方になると眉毛を剃った」ということですから、この時代、地球規模でそんな習慣がはやったのでしょうか。やっぱり、いまふうの美女がいいなあ、とワタシ。
※実は私、この日も「愛センセ」の2枚目のTシャツを着て、パリ市内観光を楽しんでおりました。
※写真左はルーブル美術館のモナリザの前で自分を激写。なにやらネタバレしそうなサインではあります(^^)。
それにしても、私の「おフランスミッション」のためにセンセからTシャツ2枚に自筆のサインを頂いて下さった方には、やはり感謝すべきなんでしょうなあ。何故か、喜んでミッションを楽しんでいるかのような私(^^;)。(写真左は、拡大画像はありません。クリックしてもナニも起こりません。)
ベルサイユ宮殿。
ここも、いろいろな美術品が沢山あったが、なにより庭園のすばらしさが印象的であった。こんなところで美しいマドモアゼルとデートでもできれば最高なんだがなあ、と妄想が膨らむ。一番残念なのは、マドモアゼルの相手として自分を想像することができないこと。もっとすらっとしてイケメンで脚がながきゃよかったのに。一瞬、親をうらむ...。
もっとも、まさかわが人生でこんな日が来るとはつゆとも思っていなかったから、フランス語もナニもかも全く準備してこなかった自分の責任も重大でばあるな。フランス語でもできれば、もっと違う人生があったかも、とここでまた妄想。
この日は、朝からずっと二枚目の「愛センセーの黒いTシャツ」。おなかの前に、白いマジックペンで大きなサイン。これがちょっと重すぎて、身動きがとれず、キレイなマドモアゼルを観察する暇もなかったわ。まさかこんなかっこうで、バリのお巡りにストーカー行為、なんぞで捕まったら、センセイの「お顔に泥をぬる」ことになるし(^^;)、行動は慎重に、慎重に。
で、このベルサイユ宮殿で迷子になって、集合時間を10分ほども遅れた私。バスの中のみんなが「グズ」ってメで私をにらんでおりました。ごめんちゃいm(_ _)m。
※写真右はベルサイユ宮殿の建物。
ベルサイユ宮殿を後にして、やっぱり定番は「エッフェル塔」。
まさか、σ(^_^)の人生でお目にかかるとは思ってもみなかったもののひとつ、である。
実際、目にしてみると、周囲に高い建物がないせいか、東京タワーより勇壮に見えたが、新宿の高層ビルやスカイツリーなどを見飽きている都会人のおっちゃんには、印象はいまひとつ。この塔ができたころは、パリで一番高かったんだろうなあ、とは思うけど。
上に昇るには相当待たなければならない、とかで、ここではエッフェル塔をバックに記念撮影しただけ。少し不満。やることないから、同行した妙齢(!?)のナデシコ嬢ちゃんたちの写真を沢山撮りました。まるで盗撮(^^;)。
とはいえ、今日はいろんなものを見すぎて、どうも調子がいまひとつ。やっぱり体調不良の影響かも。モナコ以来、ずっとです。飲み過ぎなんかなあ、と思ったりもしてね。
ところでエッフェル塔ってエッフェルってひとが作った(設計した?)んだって、初めて知った。まあ、知ったところで「どうした?」と言われればそれまでなんだが。
※写真右は、パリのレストランでありついたエスカルゴ。全体的におフランスの料理は塩辛くていい思いではないが、これはうまかったね。
海岸から数百メートルほど離れた海の上に浮かぶ修道院---モン・サン・ミッシェル。8世紀から続くという、ノルマンディー地方、英仏海峡に面した湾の奥にある世界文化遺産。
パリから350キロメートル。高速道路を使っても片道5時間ほど掛かる。東京〜名古屋往復に相当し、早朝出発し深夜に帰ってくるという強行軍。今回の渡仏旅行の最大のイベントであり、写真(絵ハガキから)のような光景を期待している。秋の宮島のフランス版か。
ノルマンディーと言えば、フランスの小説や映画でよく出てくる地方で、第二次世界大戦時、1944年6月6日、連合軍が上陸作戦を敢行した地としても有名である。一度は目にしておきたかった地方である。
パスは高速道路を走る。両側に拡がる見渡す限りの農地や牧草地。いやはや、日本のちまちまと区画整理された農地の光景とは全く違う、これが「農業国フランス」の姿なんだ、と、ひとりごちる。しかし、先は長い...。
※写真右は、ノルマンディ地方の田園風景、というか畑。遠くにモン・サン・ミッシェルを望む。
バスの前方、フロントガラス越し。はるか彼方にモン・サン・ミッシェルのシルエットが見えたとき、感動を抑えることができなかった。期待に胸が疼く。
2キロほど手前で自分たちのバスを降り、そこからは専用のバスで向かう。運転席が前後に付いていてUターンの必要がない。まあ、電車みたいなもんか、と感心していると、モン・サン・ミッシェルの姿が大きく見えてきた。
「島」までは道路が付けられていて、潮の満ち引きに関係なく歩いて渡れる。実はこれが相当に曲者で、この道のおかげで潮の流れが変わり、「島」の周辺に砂が溜まってしまった、という。いまでは大潮のとき(月2回)しか海に浮かばないんだという。さも、ありなん。観光地なんてもんはそんなもんだよ、と、少しへこむ。
石造りの構造物は威厳があり、年輪を感じさせる。奈良や京都の寺院などとは相当に趣が異なる。「おお、異国の地なんだ」と実感する。
狭い石畳の道や急な階段を登って頂上の修道院附属の教会へたどり着く。ここからの眺めも、相当にすごい。わずかに円弧を描く水平線。おお、これが英仏海峡に続く湾で、この海のむこうが英国なんだ。そして大西洋に続く。「大西洋打背、大西洋」。この光景をみたときの感動は、写真ではとても現しきれませぬ。
確かに湾の相当先まで砂で埋まっているのは「無念」の一言につきる。なんでも、「島」への道路を撤去して橋に掛け替える工事が始まるんだという。その工事で海が蘇ることを望むばかり。
もう、一生観ることはないだろうモン・サン・ミッシェル。一期一会。あんたのことは忘れないよ。
※写真右は、モン・サン・ミッシェルからパリに帰る高速道路のサービスエリアの建物。ガソリンスタンドが併設されたコンビニエンスストアって感じ。ここで、トイレ休憩と飲み物などのお買い物。そうそう、トイレと言えば、フランスの男性用便器の高さはフランス人サイズなので相当に高い。背の低いニッポン人の私は、まるで背伸びをして用を足すようでしたわい。まあ、一応、目的は達しましたがね。
パリのホテル、インター・コンチネンタルの一室。豪華なダブルベッド。奥のドアは相当広いバスルーム。入り口には広いクローゼット。ほほぼ、一泊ン万円、ってルームだよ。こんな部屋、二度と泊まれないよ。
私を知るお友達の皆さんへ言いたい。この部屋で、ひとりで泊まってたって信じられるかい??3泊してずっとひとり。それも体調悪くして、バスルーム(トイレ)に入りびたっていた、とか(^^;)。
ちょいワルどころか、若いころは相当なワルで鳴らしたおっさんの末路、なんだねぇ。自分でも信じられないよ。もう、年貢の納め時なのかもねぇ。
この歳になって、ホントにじたばたしてる感じ、アリ、だね。残された時間の短さを実感している。オレの人生って、ホントにこれでいいんかい??、ってね。
パリのホテル、インター・コンチネンタルの一室に飾られた一枚の絵。複製だろうが誰の絵か判らないにしても、この日の気持ちでは、この絵に感動して、思わず撮ってしまった。
いいねぇ。こういうのって、ってしみじみ思うね。
フランスでも、泉水ちゃん(ZARD)とか美奈子(本田)とか川村カオリとか、すごくいい曲聴いていたよ。シンから好きだし。でも三人とも天に召されてしまっている。うちのワンちゃんのこともずっと想っていたよ。いま、最愛だからさ。
でもさあ、やっぱり三次元の生身の彼女がよくねぇ??....だろ、やっぱ、生身がいいなあ...オレ。
翌月のこと、すなわち「後日談」。
おふらんすはニースのお話。
「ヌーディスト海岸ってあとで知って」のくだりで、最初は「サングラスの私の顔写真」を掲載していたのだが、これが非常に不評。それで、同行のMちゃんにお願いして非常に「おいしい」写真を譲って頂き、差し替えた。(2012/09の該当のページをご覧下さい。)
聞けば彼は、パンツ一丁になってニースの海岸に飛び込み、海岸の皆さんの注目を引いている間に、その写真を別の友人に撮らせたんだという。なんという機転。これが彼の人生や仕事に活かせればいいのだが、そっちはからっきし(^^;)
しかし、個人差もあるんだろうが、蒼い空と海、健康そうな肢体、小ぶりのナニと、非常にいいですなあ...ほ、れ、ぼ、れ(^^;)。
と、まあ、写真の話になったところで、やはり一枚ぐらい自分の写ったもんかあってもいいかな、と思い、「余話」としてアップしてみた。が、みればみる程、自分でも「おっちゃんだなあ...」と思う。やだやだ。「老いは避けられぬ」とはいえ、じじぃはいやだねぇ。
※モナコの海岸近くの公園にて。これからニースを経てパリに向う朝。右後方に今回滞在した高級ホテル「フェアモント モンテカルロ」が見える。もう、二度と来ることはないと思うと、一抹、さびしい、かも。
おフランスで、すんごく「気になった」もんがありますねん。
ショートパンツの女性です。太股に斜めに二筋の線。数センチ間隔で長さ10センチぐらいかな。うっすら、あんまり深くはない。
この娘。猫、何匹か飼ってる、って聞いたんで、おそらく猫の引っかき傷だと思うんです。それ以外に考えられない、っす。
最近、ショートパンツ姿なんぞ見たことなかったもんで、よけいにメについたのかも(^^;)。視線が張りついたね。メの毒。何故かわからないけど妙に気になる「二筋の線」、猫のの引っかき傷。。。。。まあ、妄想です(^^;)ゞ
そういう「普通でない」ことに引かれるようになったってのは、じじぃ化現象かも(^^;)。やだねぇ。そんなわけで、今回の写真は全くこの駄文には関係のない「パリの凱旋門」でございます。
※泉水ちゃん(ZARD)のDVD見ながらこんなこと書いてる私。いいなあ、いずみちゃん。
おフランスの経費が出てきましたんねん。基本は自腹ですから。一応の目安は聞いておりましたが、まあ、お大名旅行なんで、そこそこには覚悟していたのではあります。明細を見て、あらら、やっぱり3桁近い万円。私の一生分の温泉旅行代ぐらいにはなっていたのでありましたか。。。
さて、そこでメチャ気落ちしております。
パリの高級ホテルの宿泊代。メチャ、すんごい部屋で、まあ普通には「スイート」みたい。ダブルベッドで、確かに一泊ン万円、とは聞いておりました。しかし゜実際に請求明細を見れば、心が騒ぎます。
確かにン万円なのではありますが、パリ3箔で、わたしゃ一人で腹痛でトイレに入れ浸り。ナニもせんで、一泊ン万円でっせ。寝るだけ、でン万円。片手で足りないン万円。トイレ浸りのン万円。やはり、泣きが入りますねん。(T T)
一緒に行った熊本の兄ちゃんは、「しっかりパリのマドモアゼルとコミニュケーション致しました」と自慢しておりました。わたしゃ「内心、コノヤロー、おまえ許さへんで」。そうなんです。私も、パリジェンヌとシケコムべきでした。マドモアゼルを口説き落すべきでした。たとえどんな犠牲を払ってでも、お部屋に来て頂くべきでした。パリで会った沢山のパリジェンヌが瞼に浮かびます。
私もヤキが廻りました。後悔しきり...。
今回のおフランス旅行みやげの話。
「お知り合い」の彼女たちのために複数の「お財布」を求めました。彼女たちを血縁の順に左から並べますと、お財布はお求め価格の順番になりました。しかし、順番が下がるほど、私の「想い」を込めました。右に行くほど「想い」の方が重くなりました。
謎(その1):一体、おみやげ、何個お求めになりましたの?
謎(その2):右の方のおみやげ、どなたに差し上げましたの?
さて、その結果は如何に...v(^^)v
※写真は、ニースの海岸をパリ行きの飛行機から
我が「渡仏始末」の締めくくりは、私にサイン入りTシャツをくださった「愛センセ」について語ります。これは、ブログには書きませんので、この「渡仏始末2012」を ご覧になった方へだけのプレゼントでございます。
すでにお気づきの方もいらっしゃるかも知れません。サインをみると一目瞭然です。サインには「はしもとあいこ」と書いてあって、何やらゴルフのピンとボールの絵が添えてあるように見えますよね。
知るひとぞ知る。かつて日本女子ゴルフツアーで4勝もした美人プロゴルファーの橋本愛子さんでございます。いまでもずいぶんとおきれいで、お会いするたびに、おっちゃんは「最敬礼」状態。コチコチになって、気楽にお話もできません。
なんで、そんな方から、おフランス旅行のために「個人的に」Tシャツを頂けるの?どういうご関係?といった風な話は「謎」でございます。オトコは謎が多い方がもてる、と、昔、聞いたことがあります。美女とおっちゃんの普通でないカンケー...謎々だったりして(^^)
大変な量の駄文にお付き合いいただいてありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。