大久保長安の陣屋跡は神社になっていた(小門町)
クリックすると拡大画像表示 大久保石見守長安(いわみのかみながやす)
主家武田家滅亡の後、徳川家に仕えたといわれ
徳川幕府の草創期、石見銀山・佐渡金山奉行
家康の懐刀として権勢を誇る
各金山と江戸との往復の行列はそれはそれはきらびやかだったそうな
お話や小説などでははなはだ悪役の感が強いが
この時代、なかなかの人物とみた
死後、「長安事件」が発覚
小田原藩主大久保忠隣が改易になる等の大事件に
埋葬された遺体を暴かれて断罪されたという
徳川幕府の権力が確立する過程での闇に閉ざされた歴史
  陣屋跡は甲州街道
八王子八幡宿から100メートルほど南に入ったところ
現在は産千代稲荷神社となっている
陣屋は6000坪もあったそうな
秀吉の北条攻めでの八王子城落城後、
この地に新しい八王子の町が作られた
武田信玄の六女、松姫が開祖である信松院と
甲州街道の中間に位置する
陣屋西側には八王子同心を配す(千人町)
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大久保長安  DATA
■ちと好みの作家の著書の紹介をば...
 岳宏一郎著「御家の狗」(おいえのいぬ) 毎日新聞社刊
 中編3編で構成。第1編が、大久保長安を描いた「とど」。江戸幕府初期、大阪の陣の前。金山奉行として得意絶頂の長安と大御所徳川家康、そこに小田原城主大久保忠隣(ただちか)がからむ。第2編が家康の懐刀ともいうべき本多正信と大久保忠隣の暗闘を描く「鷹狩り」。そして第3編が正信の子、家康の下で辣腕を振るった本多正純(まさずみ)を描いた「花ざかりの杏の木」。
 ひとこと感想を付け加えれば。
 「長安も忠隣も、そして正純も、徳川幕府草創期においてなくてはならぬ人物たちであり重要な役割を演じたのであるが、さまざまな理由により改易されてしまう。徳川幕府の本質をつくのか、はたまた、それが権力というものだというのか...。徳川幕藩体制の礎(いしずえ)というよりは生贄だったのかも知れない」
 徳川家臣団、というものを今一度おさらいしてみるのも面白いかも。

 氏の代表作「叢雲、関が原へ」()という関が原の戦いを描いた長編もぜひどうぞ。日本の作家にはめずらしくドラスティックな時間の流れを感じさせる作品です。
毎日新聞社の同書のページ(今週の本棚)
Book DataBaseにもデータがありました

■上記の写真は2004年2月
■yahooのサイトにて「大久保長安」で検索したら999件ヒット
■大久保長安埋蔵金伝説なんぞがあったりして(^^)
■リンク
志士たちの息吹を幕末史跡めぐりというページの中に
     大久保長安の事跡が解説されているページがありました。

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